【政治】「文春砲」の大嘘?本当に「イージス・アショアのレーダーは使い物にならない」のか?【マスコミ】【軍事】

 週刊文春が、イージス・アショアに使用予定だったレーダー「SPY-7」に関する防衛省の内部文書に関する記事を出してきました。

bunshun.jp

しかし、そもそもイージス・アショアの根幹をなすミサイルの迎撃機能に疑義を呈する報告書が、昨年3月、防衛省の官僚によって作成されていたことが、「週刊文春」の取材でわかった。

(中略)

週刊文春」が入手したのは、昨年3月下旬に、防衛官僚が渡米し、ロッキード・マーチン社を視察した際の報告書。A4判2枚にわたるもので、次のように記述されていた。

〈LRDR自体には射撃管制能力は無い〉

 イージス・アショアに採用される予定だったロッキード社製のレーダー「LMSSR」(以下SSRと記す。通称SPY-7)は、LRDRの派生型であり、性能的にほぼ同一とされる。

(中略)

海上自衛隊の元海将で、弾道ミサイル防衛にも深く関わってきた伊藤俊幸・金沢工業大学虎ノ門大学院教授が解説する。

「射撃管制能力というのは迎撃ミサイルを目標に誘導する能力です。イージス・システムにおけるレーダーには、飛んでくる弾道ミサイルを探知、追跡し、迎撃ミサイルをそこへ誘導して、目標へ衝突させる能力が必要です。通常の軍艦では、レーダーはあくまでも“目”であり、目標へ自らの武器を誘導する“神経”となる射撃管制システムは別にありますが、最新のイージス・システムではそれが一体化しています。例えば、米海軍のイージス艦が搭載予定の米レイセオン社のSPY―6はもちろん射撃管制能力を備えたレーダーです。にわかには信じがたいのですが、もしロッキード社のSSRに本当に射撃管制能力がないのであれば、イージス・システムとして機能させるためには、追加で“神経”となる別システムを組み合わせる必要が生じ、さらにコストがかかる」

事実なのか?どうもあやしい記事だなあ・・・ということで調べてみました。

「射撃管制能力」とは?

長くなりますが、Wikipediaの記事を引用します。

ja.wikipedia.org

射撃統制システム(しゃげきとうせいシステム、英語: fire control system, FCS)は、射撃統制を行うためのシステム。射撃指揮システム、射撃管制システム、射撃統制装置、射撃指揮装置、射撃管制装置、射撃指揮管制装置とも称される。海戦分野では射撃指揮システム、陸戦分野では射撃統制システム、航空戦分野では火器管制システムと称されることが多い。

(中略)

射撃統制とは、目標に対して効果的な射撃を行うために,観測具,照準具,測定具などの器材を用いて,目標の捜索・探知・捕捉・追尾から弾丸を発射するまで,人員及び火器を含めた器材の一連の動作をまとめること、とされる。

移動目標に対して火器システムで交戦する場合、一般に次の6つの段階を経ることになる。

1. 目標の捜索(search)、探知(detection)
2. 敵味方の識別(identification)
3. 目標の捕捉(acquisition)、追尾(tracking)
4. 未来位置修正角(prediction angle)の算定
5. 火器の軸線(weapon line)の設定(射線の付与)
6. 射撃

このうち、「目標の捜索・探知」から「未来位置修正角の算定」までが射撃統制の基本要素である。また射線の付与まで包括する場合や、更に射撃に関して、その時間や弾量、弾丸の爆発を制御する場合もある。更には、射撃後にその効果を評価し、次の射撃に反映する場合もある。

(中略)

水上艦搭載FCS(射撃指揮システム)は、陸上目標に対する火砲およびミサイル発射機、水上目標に対処する火砲・ミサイル発射機および魚雷発射管、水中目標に対処する対潜迫撃砲および魚雷発射管、ならびに空中目標に対処する火砲およびミサイル発射機の射撃を統制する。

陸上・水上および空中目標の捜索・追尾のためのセンサは、主として電波機器が使用されており、その要領は陸上および車両搭載FCSと同様である。一方、水中目標の捜索・追尾のためのセンサは、一般にソナーが使用されている。

 文春記事の「射撃管制能力」というのは、「射撃統制機能」「射撃指揮機能」という意味なんでしょうね。

SPY-1を使用した(現行)イージスシステム

 現在、海上自衛隊に配備されているイージス艦(DDG)の「イージスシステム」は、SPY-1を使用しています。このシステムの構成と「射撃指揮機能」をまとめてみます。

ja.wikipedia.org

イージス武器システム (AWS) を搭載する艦(イージス艦)のすべての武器システムは、イージスシステム (AWS) を中核として連結され、システム艦を構築して、艦全体の戦闘を有機的に統括している。この統合戦闘システムをイージス戦闘システム(ACS)と通称する。

(中略)

多機能レーダーとしては、従来、一貫してAN/SPY-1が搭載されてきた。これはイージス武器システムの中心であり、多数目標の同時捜索探知、追尾、評定、発射されたミサイルの追尾・指令誘導の役目を一手に担う多機能レーダーである。

(中略)

指揮決定システム(C&D)
従来のNTDSないしCDS戦術情報処理装置を代替するもので、SPY-1レーダーやソナー、データリンクなどからの情報を総合して、周囲の目標について、その脅威度や攻撃手段などを自動で判断する。これにより、目標への対応についての判断において、処理時間が飛躍的に短縮された。巡洋艦ではMk.1、駆逐艦ではMk.2が採用されている

(中略)

スタンダード艦対空ミサイルによる攻撃を直接になうのが射撃指揮システム(FCS)で、現在に到るまで一貫してMk.99が用いられている。スタンダード艦対空ミサイルは、慣性誘導・指令誘導に従って飛翔したのち、最終的にセミ・アクティヴ・レーダー・ホーミングによって誘導されて目標を撃破するが、このときに目標の捕捉を行なうイルミネーターであるAN/SPG-62も、Mk.99射撃指揮システムの一部を構成している。

 注)目標の「評定」(価値や品質を調べて評価を定めること)は「指揮決定システム(C&D)」で行うので、多機能レーダーの機能に「評定」が含まれるのは誤りだと思われる。

射撃指揮システム(FCS)に「現在に到るまで一貫してMk.99が用いられている」ということは、SPY-1に「射撃指揮機能」が一体化されているとは言えないですね。つまり、文春記事の

通常の軍艦では、レーダーはあくまでも“目”であり、目標へ自らの武器を誘導する“神経”となる射撃管制システムは別にありますが、最新のイージス・システムではそれが一体化しています。

 というのは誤りですね。では、

スタンダード艦対空ミサイルは、慣性誘導・指令誘導に従って飛翔したのち、

この「指令誘導」は「セミアクティブ・レーダー・ホーミング(英語: Semi-active radar homing, SARH)」なので、目標を照射したSPY-1の電波(反射波)をミサイルが受信して、反射波放射源を追跡することです。

 本当に「SPY-7には射撃管制能力は無い」のか?

 

 結論から言ってしまうと、

〈LRDR自体には射撃管制能力は無い〉

は、事実だと考えます。しかし、全く問題ありません

SPY-1・SPY-6・SPY-7(などの多機能レーダー)は、目標を探す「目」であり、ミサイルを誘導する「口」ですが、射撃管制する「神経」は別にあるからです。

もしロッキード社のSSRに本当に射撃管制能力がないのであれば、イージス・システムとして機能させるためには、追加で“神経”となる別システムを組み合わせる必要が生じ、さらにコストがかかる」

この部分は嘘ですね。元々、多機能レーダーとは別に射撃指揮システム(FCS)を用意する必要があります。

 

なぜ、こんな「大嘘」記事が出てきたのか?

この項は、自分の想像です。

こんな内容の記事になったのは、「火器管制レーダー機能」(追尾レーダー機能)と「射撃統制機能」「射撃管制機能」を混同したためではないかと考えます。

ja.wikipedia.org

火器管制レーダー(かきかんせいレーダー、英語: fire-control radar, FCR)は、射撃統制システムで用いられるレーダー。アメリカ海軍では、軍用の追尾レーダーのほとんどが火器管制レーダーであるとして、この両者を同義として扱っている。

ja.wikipedia.org

追尾レーダー(英語: tracking radar)は、目標を追尾するためのレーダー。狭義には、単一の目標に対してアンテナビームを連続的に指向することで、高精度の目標情報を得るレーダーを指す。

SPY-1・SPY-6・SPY-7(などの多機能レーダー)は「追尾レーダー」です。したがってアメリカ海軍は「火器管制レーダー」として扱っていると考えます。

なぜ混同が起きたかというと、2018年12月20日に発生した「韓国海軍艦艇による火器管制レーダー照射事案」の報道が影響していると考えます。

www.mod.go.jp

防衛省自衛隊は「火器管制レーダー」の用語を使ってますが、マスコミ報道では「射撃統制レーダー」もありました(というか、そちらのほうが多かった気がする)。そこから「レーダーの射撃統制機能」という(あり得ない機能の)概念が発生したのではないかと考えます。

「イージス・アショアのレーダーは使い物にならない」?

文春の記事から、追加で引用します。

イージス・システムが機能しなければ、当然、弾道ミサイルを迎撃することはできない。報告内容が事実なら、イージス・アショアは、弾道ミサイル迎撃が困難だったことになる。

ここまでまとめたように、「報告内容が事実」なのは確かですが「イージス・システムが機能しない」ことはないので、「イージス・アショアは、弾道ミサイル迎撃が困難だった」という結論は、誤りですね。それとも「誤った結論」に導く「文春の陰謀」なんでしょうか・・・

少なくとも「イージス・アショアのレーダーは使い物にならない」とは言えないですね。

追記(2020/06/26)

その1(スタンダードミサイルの誘導について)

Wikipediaの「Mk.99ミサイル射撃指揮装置」の項を見ていたら、こんな記述を見つけました。

ja.wikipedia.org

Mk.99 ミサイル射撃指揮装置英語: Mark 99 Guided Missile Fire Control System, 略称Mk.99 GMFCS)は、アメリカ海軍ミサイル射撃指揮装置である。

Mk.99 GMFCSは、イージスシステムを構成するシステムの一つで、RIM-66 SM-2MRもしくはRIM-156 SM-2ER ブロックIVRIM-174 SM-6セミアクティブ誘導モード時のみ)、RIM-162 ESSMの終末誘導に用いられる。

あれ?「RIM-161スタンダード・ミサイル3」は?

ということで、「RIM-161スタンダード・ミサイル3」の項を確認しました。

ja.wikipedia.org

第三段が切り離されると、軽量大気圏外迎撃体(LEAP)キネティック弾頭(KW)が艦からの座標情報を基に目標を探索する。キネティック弾頭のセンサーが目標の最も脆弱な箇所を探知し、軌道修正・姿勢制御装置(DACS)が弾頭に取り付けられた複数の噴射口からガスを噴射し目標の箇所に誘導される。第三段が切り離されると、軽量大気圏外迎撃体(LEAP)キネティック弾頭(KW)が艦からの座標情報を基に目標を探索する。キネティック弾頭のセンサーが目標の最も脆弱な箇所を探知し、軌道修正・姿勢制御装置(DACS)が弾頭に取り付けられた複数の噴射口からガスを噴射し目標の箇所に誘導される。

つまり「最終誘導」は「弾頭」が行うので、「射撃統制機能」による「最終誘導」は不要ということですね。

ということは、「イージス・アショア」で「RIM-161スタンダード・ミサイル3」だけを運用するなら、「イルミネーター」は不要ということですね。逆に、「RIM-161スタンダード・ミサイル3」だけじゃなく、対空戦闘用に「RIM-156 スタンダード・ミサイル-2ER ブロックIV」などを運用するなら、「イルミネーター」が必要ですね。

その2(SPY-6の「射撃管制機能」)

文春記事の以下の部分について、確認しました。

例えば、米海軍のイージス艦が搭載予定の米レイセオン社のSPY―6はもちろん射撃管制能力を備えたレーダーです。

SPY-6の「射撃管制機能」「射撃管制能力」ですが、「イルミネータ機能」のことではないかと考えました。そのあたり、情報が非常に少ないですが、見つかりました。

tokyoexpress.info

SPY-6は、2種のレーダーとコントローラー(RSC=radar suite controller)で構成される。”Sバンド“レーダーは、全天をくまなく捜査、敵ミサイルの追跡と情報伝達を行い、”Xバンド”レーダーは水平線近くの探索、精密な追跡、友軍ミサイルの誘導・通信とターミナル段階で目標の位置照射を行う。

「ターミナル段階で目標の位置照射」が「イルミネータ機能」に当たりますね。

これで、アメリカ海軍がSPY-6を選択した理由がわかりました。「SPY-1」を「SPY-7(またはSPY-6)」に換装するのではなく、「Mk99+SPY-1+AN/SPG-62」の構成を「Mk99+SPY-6」に変更するということですね。